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Studious Mind

小さな持ち物で、最大級の仕事。

僕が楽器をやめた理由

 どうも、まずは自己紹介的なことになるのですが、僕は中学校でバンドをやりたくなり、そのあと高校では軽音楽部(ギター部という名前でした。)でギターを弾くなどして青春を過ごしました。

 高校でのバンド活動はそれなりに充実していたというか、練習の時間をかけて勉強よりも頑張っていた感じだったので、上達はしました。部活では一二を争うくらいのうまさだといわれていました。とはいえ、音楽理論などはまるで身についていない状態で、ギターを触っていたので、技術は身についても、本当の意味で音楽を楽しんでいたわけではなかったと思います。高校三年になるころには、自分のやっていることがしょうもないことだと、少しずつ気づき始めだんだんとギターを練習する意欲は減っていったような気がします。

本気でやってみてわかった。音楽は難しい。

 しかし、大学に入って、僕はそれなりに本気で音楽に取り組むことになります。ジャズ研究会にはいったのです。

 そこでの体験は衝撃的でした。いままで狭い世界で技術だけを誇っていた自分がジャズ研にはいったとたんに、何もできない、ほぼ初心者のような扱いだったのです。まず困ったことをまとめると、

  • 楽譜が読めない
  • TAB譜がないと何もできない
  • 音楽的なアイデアに乏しい
  • ほかの吹奏楽などの経験者の音楽理論的な話に全くついていけない
  • JAZZにしっている曲がない

ということでした。

 今までロックだけをやってきた人で、上の限りではない、ちゃんと音楽理論をやってきたという人もいると思います。しかし、僕が見てきた限りでは、ロックを楽しむだけなら、五線譜が読めたり、ツーファイブがわかったりする必要はないと思います。そのときまでは、僕はロックに甘えていたと考えることができると思います。

音楽は、教育と時間の余裕があってこそ伸びるもの

いまの日本の教育では、音楽というものは隅のほうに追いやられていて、小学校から行われている音楽教育というものは、体裁を整えるだけのためのものだと考えています。

 合唱の練習を思い出してみてください。(ほとんどのひとが小学校、中学校で体験していると思います。)その中ではだれか上手な人がいませんでしたか?そのような人はピアノを習っていませんでしたか?

 そうです。日本ではピアノという習い事があるせいで、合唱コンクールは成り立ってしまいます。学校は、ピアノを習っている人がいる前提で合唱コンクールというものを開催するし、親は親で、合唱コンクールでお金をかけてピアノスクールに通わせた自分の子供が学校でヒーローになるのを楽しみにしています。

そんな当然の結果にいったいなんの意味があるのでしょうか?

 そのような習い事の影響は、大学生になった今でも感じます。音楽の堪能で、音楽留学をするような大学生は、全員、親が協力しています。

 僕の通っている大学は旧帝大ですが、それだけ学力があってもなお、子供がジャズをやりたいといったら音楽留学をさせて、その留学から帰ってきたら、また正規のコースを卒業させるだけのお金を持て余しているのです。

 僕は、当然、そのような親の協力がある人を羨みます。その人なりの努力や苦悩もあると思います。それでも、楽器をやる時間があるだけでもうらやましいなと思います。

 

 何が言いたいのかというと、昔から習い事で音楽をやっていたわけではない、いわゆる憧れだけで音楽を始めた人たちは、ほかの裕福な家庭で育ったような人間と自分を比べてはいけない。ということです。

 

 あなたはあなたで、音楽を楽しみたい。

 

 それでいいのだと思います。

 

僕は悔しくて音楽をやめた

 さて、僕が音楽をやめた理由です。大学二年生になった僕は、ギターで一通りのコードフォームや、スケールのポジション、また楽譜の読み方や音楽理論を覚えたところまで来ました。

 これはこれでかなりの努力をしましたが、その努力の過程はそれなりに楽しかったからこそ、冬の寒い日も山の上にある大学の部室にかよい、一人でもくもくと練習を積めたのだと思います。

 その努力の結果を認めてくれるほかの部員たちもいました。彼らは昔から音楽をやってきたような、「その世界の人たち」がほとんどでしたが、すこしずつ、僕を仲間として認識してくれていたようでした。

 

それでも、追いつくことができなかったんです。

音楽歴の違いは歴然でした、もとより、僕はアルバイトをしないとお小遣い0というような境遇で大学に通っていたので、練習の量でも負けていた部分があったと思います。

 そして、大学一年生の中には、僕よりもずっと音楽について詳しい後輩がたくさんいました。僕にはそれが恐ろしく残酷な現実に思われました。

 あるセッションでそれに気づいてから、僕はぱったりとジャズ研に行かないようになりました。

 

それでも、音楽は楽しい

 ジャズ研はやめた僕でしたが、ギターを弾くことは嫌いになったわけではありません。むしろ、今でも練習を始めるきっかけと時間さえあれば、また初めて見たいと思っています。

 音楽の素養のない、初心者がジャズのような音楽を始めたり、ちゃんと音楽を習ってきた人に追いつこうとすると苦労するはずだと思いますが、それが全く無理なことだとは思いません。

 私と同じように楽器を始めたひとでも、(むしろ大学に入って初めてサックスに触った人もいました。)真面目に毎日何時間も練習して、僕より上手になっていった人もいます。継続は力なり。ですね。

 

 はっきりといいますが、音楽は楽しいです。誰が何と言おうと、ただ、音楽は時に厳しいのです。その厳しさに負けて、音楽を楽しめなくなったら、その時はもう楽器をやめたほうがいいと思います。

 

今回は、今音楽をやめようか悩んでいる人へ、というつもりで書いてみました。僕の経験がそのような人の役に立ったらなと思っています。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。